清香会会長 挨拶

会長 山本博資【新18期】

母校創立120周年を迎えるにあたって

夕陽丘高校は、令和8年、創立120周年です。

心ある人は来て見よ夕陽丘春に限らぬちぬ景色を

梅にほふ夕陽丘の花かげにたふれて立たず梅はまた咲く

この歌は初代教頭であった歌人前田純孝が120年前に詠んだ歌である。梅香に夕陽丘の景色だけでなく「こころのふるさと」としての情念を感じます。

120年前、1906年(明治39年)4月夕陽丘高校の前身「大阪府立島之内高等女学校」が3学級147名を以て開校しました。3年後に夕陽ケ丘町に移転し、夕陽丘高等女学校と改称。1934年(昭和9年)に現在地(当時の小宮町、現在北山町)に移転した。1948年昭和23年学制改革により夕陽丘高等学校となり、現在にいたる。旧制は40回そして新制は80期になり、生徒数は一番多いときは1502名、一番多い学年の卒業生は497名である。ちなみに現在の全校生徒は948名であり、時代の変遷を感じます。

私の恩師であり、同僚であり、その後もずっとご交誼いただいた佐藤隆一先生は昭和36年から昭和57年まで夕陽丘に在職された。佐藤先生は、西の石川啄木と比肩された歌人前田純孝の研究の第一人者であられた。その著「霞も匂ふ夕陽丘」(平成26年発行)において、「大阪時代の前田純孝」の項に明治時代の大阪の教育事情や夕陽丘創建時の教育環境、授業内容などを詳細に記載されている。純孝は学校創建という激務の中で発病し、創立5年を経て退職する。この間に旧制校歌「霞も匂ふ夕陽丘」を作詞している。

佐藤先生の「前田純孝記念碑説明文」(清香会館前に設置)によると夕陽丘への感慨が深く、発病記念に「梅にほふ夕陽丘の花かげにたふれて立たず梅はまた咲く」と詠まれ、また病没直前に「夕陽丘八景」の一つとして「心ある人は来て見よ夕陽丘春に限らぬちぬ景色を」と詠んでおられる。現在の学校とは異なる校地であり、夕陽丘の景物を詠んだ歌であるが、その「こころ」は今の夕陽丘の通じており、時代を超えて大きな郷愁を感じられます。純孝は当時の生徒たちから慕われ「際限のない職務の中で、教師としての自覚に支えられた純孝の創作活動は充実していた。生徒に教育することを愛し、それゆえに社会性も身につけていた。」と佐藤先生は言われている。夕陽丘に集う生徒や教職員の姿は、120年前も今も変わらないと改めて感じています。

そして夕陽丘高校は今年創立120周年です。会員のみなさまには記念事業にご協力いただき本当にありがとうございます。時節柄、想定の募金額にはまだ至っておりません。心苦しいですが、今年度もご協力をよろしくお願いいたします。

いま、夕陽丘高校は、大阪が誇る高校として様々な教育実践に取組まれ、発展し続けています。すでに、120周年プレイベントも開催され、記念事業も推進しています。

11月1日(日)には記念式典。祝賀会が開催されます。式典は母校開催と変更され、限られた座席数のため清香会員の列席はできません。みなさまにはライブ配信いたします。祝賀会で120周年を盛大に祝いましょう。

多くの会員のみなさまの祝賀会へのご参加をお願いいたします。